2018年8月22日水曜日

20180821 res cottidianae

まだ?もう?8月下旬…。

本日から,ゼミ?業務も始まり。
勉強会を二つ行いました。
さすがに3年も半ばですから,
少しずつ厳しくやっています。

自分の研究はなかなか原稿の神様が降りてこない…。
大きなテーマに繋がる問題でもあり,
ここでは,抄論を展開しないとなりません。
本格研究は(いつも言っているような気がしますが),
単独でかなり詳しく。
過去の学者の業績を批判的に受容しないとなりません。
巡り巡って,大学院に入った頃の問題意識に戻っています。

考え・論じなければならない課題・問題が
どんどん出てきています。
この焦燥感と充実感分かるかな…。

***

「危機感」。
このブログでも何度か書いています。
先日,書いた,メールの書き方での危機感ってのは,
どうでもよい話し(危機感というより,ヤバいという感じ)で,
問題にしたい「危機感」は,社会・世界・生き方・将来に対してのものです。

何度も書いていますが,
社会・世界は,おそらく,我われが実感している以上に,
早く,大きく(予想外に)動いています。

今の自分の生き方・将来が,
今のままで通用するか,と考えたら,
絶対的,通用しない。
社会・世界の変化を敏感に感じ取って,
自分の有り様を変化させていかないとならないと感じています
(痛感しています)。

その危機感は,
よく言われている,AI化,グローバル化等を原因とするものではなく
(AI化は大したことないと思っている,
グローバル化は,AI化と比べたら,影響が大きいかな),
自分の今のレベルが,
社会・世界の変化・流れに通用しなくなりつつある,
このまま座していたら,
時代遅れになる,時代においていかれる,という思いによるのが大きい。

社会・世界・時代の流れ・変化においていかれないよう,
常に自分自身のレベルをチェックし,
ブラッシュアップしていかないとならないと思っています。
まさに「危機感」です。

アラフィーのおっさん(もう先が長くない)は,
正直,とっても焦っています。
だからこそ,がむしゃらに勉強(仕事)しているというのもある。

そういう現状認識でいると,
学生(に限らないのですが),
なんてノンビリしているのか,と,
心配になっちゃうわけです。

その危機感に打ち克つ道具・素材は,
学問・学識にあると僕は信じています。
最先端の学問・学識ももちろん大切だけれど,
学問・学識の蓄積,そして古典も大切です。

 時間・体力は有限だけれど,
 考えること・学ぶことは無限です。

社会・世界の流れ・変化の速さと,
自分の時間と能力の有限性・限界に,
苛立ちと焦りを感じているわけです。

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