2022年2月16日水曜日

20220216 res cottidianae

昨晩,家に帰ると,また校正が(先日の教科書)…。
昼に1つ校正を提出,明日,論集の校正4本提出。
校正で直しちゃう僕も何なんですが…。
 校正は,自分の馬鹿さに直面することになるので
 好きじゃない作業です。
 もっとも,そこから,新たな着想も生まれて,
 何か調べ出すことも多いのですが…。

何度も書いていますが,
札幌の片隅の中堅大学で,
仕事が舞い込んでくるのは有り難いことです。
書けば,来るし,
書かないと,来ない,そして,書けない。
評論家でなく,プレーヤーでいたいのです。

何というか,神経症の会議ですね…。
研究,教育があるのであれば,
一時(いっとき)でも時間を無駄にしたくないと思うのですが…。
そうではないようです。
学務で仕事をした気になっている。
我われの仕事は,研究,教育であって,
社会で生起する問題に対して,学者としての立場から斬り込んで,
その結果(業績)を社会に問い,それを教育に反映していく。
 研究のない教育は,予備校の授業に劣るものだと思います。
  予備校の教育(授業)は,その内容・充実度で,淘汰されていきますが,
  大学教育には,そういうチェックの目はない。
我われの相手は,社会・世界です。
 こんなことで,怒っている僕も,社会・世界を相手にできていませんね。
ドメスティックな視点は,とっても情けない。
これが,尋常な状態だと思ったら,大間違いだと思います。
あるいは,僕がおかしいのか…。

ある有名な東大の先生が,
自分にはあと〇年〇ヶ月しか時間がない,と言っていた,と。
僕は,その先生の足の小指にも至りませんが,
その感覚を切実に感じています。
我われの面前には,考え・取り組まなければならない問題が
山積みになっています。

2022年2月15日火曜日

20220215 res cottidianae

家のことをしてから大学に。
まずは洋書講読会,
その後,図書館で校正の確認,
戻って,来年度の討論会の打ち合わせ(傍観)
-方針や雰囲気が違ってきちゃったので,来年度以降はどうするか-,
その後,エクステンション,
戻って,今日来た校正版の確認でした。
再び,ケアレスミスを発見,反省です…。

で,もう22時過ぎ,
複写をして,残りは家で,ですね。

昨日アップしようと思った書き込みは,後ほど。

男性とか女性とか関係ないと思っています。

有能と思っている上司が多いんですよね。
そこが器の小ささでしょう。

疲れない身体と,時間が欲しいですね。

昨日はバレンタインでした。
チョコがないのも哀しいので,
自分で買いました…。それも哀しい…。

2022年2月13日日曜日

20220213 res cottidianae

研究,校正,明日の講義の準備ですね。
自分がやっているから,なのですが,
いろいろなことが,すべて関連があって,
繋がりが生まれてくる…面白い。

トレーニングのしすぎか,体調不良気味ですね。
う~ん,想像的な仕事ができていないのが,ストレスですね。

明日は代理講義。
8時半からなので,不測の事態を考えて,7時前に家を出ないとです。
代理なので,内容を尊重して,ですが,
いろいろ補足しちゃいそうです。

***

データとして用いることには賛成です。
しかし,最終的な判断は人間が。

医学部か…僕もそっちに行くか…。
臨床は難しいだろうけれど,研究なら突きつめられそうだと思うのだけれど。

教育にも繋がるな…。
そうならないようにしないといけません。
「自由」を尊重しないと,ですね。


2022年2月12日土曜日

20220212 res cottidianae

午後から民間PCRに行かないとならなかったので,家で。
午後,大学教育についての取組みを聞く予定でしたが,
PCR関連で聞くことができませんでした。

結果は,negative良かったです。
14日外部講義なので,外部に安心してもらうためのものです。

原稿4本の校正が出てきました。
読んでいると,またまた気になるところがあり,
ケアレスミスも見つかり…,業者に申し訳ないですね。
まあ,これも,僕のスタイルなんでしょう。

午前のトレーニング中は,研究や教育のことを考えています。
しかし,もっと考えないとならんな,と反省。

明日は,校正,研究と,明後日の授業の準備ですね。
何かと仕事が多いのでした。
 しかし,これは,有り難いことですね。
  自分が主体的に行っているものが多いので,
  ストレスはないし,やり甲斐を感じています。
   研究への情熱をもっと燃やさないと。

PCR検査後,久しぶりに街の本屋に行きましたが,
知らない書籍や新書もあって,新鮮でした。
 メモして,大学の生協で購入。
書棚を見ているとき,後ろでゴホゴホされてて,不快でした。
離れて、ゴホゴホすれば,良いのに。

北京オリンピックが盛り上がっていますね。
札幌オリンピックも是非となるのでしょうが,
立ち止まって考える必要があると思っています。
 何度か書いたオリンピック開催都市契約のことです。
 東京オリンピックでJOCが頑なに契約条項に言及しなかったのは,
 とっても不誠実な態度です。
  まず,その吟味が必要です。
  書いている時間がないのですが,
  誰か一緒に共同研究してくれないか,と思っています。

***

ビザンツ帝国関連で,
ビザンツ後の状況を再確認したくて読みました。
スルタン・カリフごとに事件・事実が記されていて,
楽しくもあるのですが,いい加減、途中で飽きてきちゃいました。
僕はイスタンブールに行ったことがないのですが,
行かねばなりませんね。

しかし,この種の本は,若い頃,読み漁ったのですが,
すっかり内容を忘れていて,学び直しが必要ですね。

次は,トルコ史,イスタンブールの歴史,アラブの歴史を読みたいと思っていますが,
そこに行く前に片付けないとならない案件がいくつか。

自分に新たな知識を付ける,
知識のブラッシュアップを図る,という作業は楽しい作業です。

20220211 res cottidianae

fonudation dayなんですね,しかし,本日も研究デイです。
途中,ゼミ業務や来年度に向けての依頼を少しずつ。
また新たなプロジェクトも進めつつあります。

やっと20時過ぎて,研究モードですね。
これがもっと早い時間から入れれば。
週末にそのモードを摑みたいと思います。

明日は,民間PCRを受けて来ます。
月曜に,学外での講義があるので,そのリスク回避のためです。
positiveでないと良いです。

学問の価値。
実感しています。
と同時に,それを学生に伝え切れていない
自分の伝達力の拙さを悔いています。

現代社会への洞察,
そして,それに基づく近未来の姿,
自分なりにもっています。
学生には,それを聴いて欲しいんですよね。
 学生は,旧来の価値観に従った判断をしちゃっている。
 世界・社会は変化をしているんです。
 それを摑んで欲しいし,摑むために実力を付けて欲しいんです。
  何度も書いていますが,
  人は,自分が現在いる位置でしか判断できない。
   素直さをもって欲しいところです。

***

ある先生との話しで,
評論家にはなりたくなくて,プレイヤーでいたい,と言いました。
評論家とは,安全安心な場所から,他人の作品や思考にコメントをするもの,
プレイヤーとは,面前にある社会問題について切り込み,
自分なりの見解を文字で公表するもの(要するに,原稿を書く,ということ)です。
 僕は,語るより,そんな暇があるなら,
 調べて,考えて,自分の見解を公表したいと思っています。
  その他の理由は,いずれ。

学問・学界に対しての違和感も近日中に。

***

僕も同じ問題意識をもっています。
「自由」を尊重するために,
来年度以降もハイブリッド型をとるつもりです。
そして,出席を強いるようなアホな考え方は採りません。
学生は大人なのだし,学ぶという行為の本質はそこにはないからです。
講義の内容・質で勝負しないとなりません。
 そして,大学の講義の内容・質は,研究・その公表が前提となります。

 学生にとっても,教員にとっても,
 講義数が多いのは,とっても馬鹿馬鹿しいことだとも思っています。

先日,書いた判例評釈のまとめでも同じことを記載しました。
だからこそ,キャッスレス決済の法的構造を明確化しておかないとならないと思って,次,判例評釈と共に,キャッシュレス決済の法的構造を確認します。

2022年2月11日金曜日

20220210 res cottidianae

実践的なリハビリをしてから大学へ。
図書館が閉まりそうだったので大急ぎで。

戻って,
成年年齢の引下げ,
その後,SDGsのセミナーを受けて,
再び、同問題。
その後,洋書でした。

やっぱ研究室が寒い…。

昨日あげた「『利他』とは何か」。
先生方が創った本でした。
こういう組織は素敵ね。
本学にもこういう取組みがあったら良いのに,
というか,起ち上げれば良いのですが…,
それに見合うだけの研究・発信があるのか,
という問題が大きいように思います。
したがって,1人ででもやる。

今日はちょっと注意しないとならない日でしたね。
明日からも慎重に。

2022年2月10日木曜日

20220209 res cottidianae

夕方,リハビリから戻った後,
研究室が寒くて仕事になりませんでした。
やっと19時過ぎに少し暖まってくるという。

今年度の法学講演会のまとめを原稿にします。
その原稿に取りかかりました。
そして,読みたかった本も読み始め。
新たな研究の始まりです。

その他,やること沢山。
大物原稿…少しpassionが…。

少し落ち気味でしたが,
やることの多さに落ちている時間はない。

***

それに応えているつもりなんですよ。

「『利他』とは何か」
このブログでも何度かあげてきましたが,
今後の世界の一つの指針は,利他(altruism)。
僕の利他は,アタリを読んで,でした。
 これはこれで,刺激的な発信を続けています。
それもあり,「利他」という言葉には敏感に反応していて,
この本も読みました。勉強になりました。
ケアとしての利他
「ケアが他者への気づかいであるかぎり,そこには必ず意外性があります。自分の計画どおりに進む利他は押し付けに傾きがちですが,ケアとしての利他は,大小さまざまなよき計画外の出来事へと開かれている。この意味で,よき利他には,必ずこの『他者の発見』があります。〔改行〕さらに考えを進めてみるならば,よき利他には必ず『自分が変わること』が含まれているということになるでしょう。相手と関わる前と関わった後で自分がまったく変わっていなければ,その利他は一方的である可能性が高い。『他者の発見』は『自分の変化』の裏返しにほかなりません」。
ハッとさせられました。僕は,アタリ的な-pay forward的な-利他でした。
論理の道の先に真理はない
「現代では,論理上の矛盾のないことが正しさの証しであるかのようになっていますが,現実世界の説明としては非常に脆弱です。現実は矛盾に満ちています。むしろ,矛盾が矛盾のまま表現できているほうが,よほど現実的です。〔改行〕いうまでもなく論理は必要です。しかし,現実はしばしば論理を超えます。利他は,論理の世界で考えるよりも現実世界で経験した方がより確かです。〔改行〕計算された利他は,本質的な意味では利他たり得ないことはすでに見ました。。論理に頼る者は,数字や文字によってすべてを語ろうとする。しかし,そこにはすぐに限界がきます。論理とは違った『理〔ことわり〕』が必要なのです」。
「…自然と『うつわ』のような存在になっていきます。さまざまな存在が入ってくることのできるスペースをつくることで。計画どおりに進むことよりも,予想外の生成を楽しむこと。そうすることで,『利他』の『他」は人間世界を超えて,生類すべてに開かれていきます」。
学問としても生き方としても勉強になりましたね。

何というか,自分のなかに,
新たな軸が生まれつつあるように思っています。
しっかりとした土台を創らないとすぐに崩れてしまう。
言語化していかないとなりません。